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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)54号 判決

上告人

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

鳥谷部恭

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

樋爪勇

被上告人

松本あつこ

右訴訟代理人弁護士

山本毅

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝呂木商太郎、同樋爪勇の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、(1) 窪正明(昭和四一年生)と亡松本泰広(昭和四四年生)は同じ職場に勤める友人であり、窪は泰広より三年年長であった、(2) 右両名は昭和六二年五月一九日、共通の上司と共に飲食することとなり、窪は泰広の口添えにより、その父松本善治から本件自動車を借り受けた、(3) 窪は同月二〇日午前一時三五分ころ、飲酒しての帰宅途上、居眠り運転により本件自動車を道路左側のガードレールに激突させ、助手席にいた泰広は死亡した、(4) 泰広は、当時一七歳で普通免許取得資格がなく、本件自動車を運転したこともなかった、というのである。

右事実関係によれば、泰広は、窪が善治から本件自動車を借り受けるについて口添えをしたにすぎず、窪と共同で本件自動車を借り受けたものとはいえないのみならず、窪より年少であって、窪に対して従属的な立場にあり、当時一七歳で普通免許取得資格がなく、本件自動車を運転したこともなかったものであるから、本件自動車の運行を支配・管理することができる地位になく、自動車損害賠償保障法三条に規定する運行供用者とはいえず、同条にいう「他人」に当たるものと解するのが相当である。

したがって、泰広が運行供用者に当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があるが、上告人の責任を肯定した判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人溝呂木商太郎、同樋爪勇の上告理由

第一点(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 本件事故時の加害車輌の運行供用者は、原判決も認定するとおり、訴外松本善治、同窪正明、亡泰広の三名であり、本件は善治が同乗していない運行供用者、窪と泰広が同乗していた運行供用者で、同乗していた運行供用者の一名が被害者となった事案である。

二 共同運行供用者のうちの一名が被害者となった事案を類型的に考察するとき、次の三類型が考えられる(乙第二号証一〇六頁以下)。

(1) 非同乗型

① 同乗していない共同運行供用者の一人Aが他の共同運行供用者Bの運転する自動車の事故により被害を受けたケース

② 共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者Bは当該自動車に同乗していなかったケース

(2) 同乗型

共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者Bも当該自動車に同乗していたケース

(3) 混合型

共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者のうち当該自動車に同乗していた者Bと同乗していなかった者Cがいたケース

三 本件事案は右の混合型即ち、共同運行供用者の一人A(亡泰広)が自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者のうち当該自動車に同乗していた者B(訴外窪正明)と同乗していなかった者C(訴外松本善治)がいたケースである。そして右A(亡泰広)の他人性の判断については、A・C(訴外松本善治)の関係では最高裁昭和五〇年一一月四日判決(民集二九巻一〇号一五〇一頁、乙第七号証)が、A・B(訴外窪正明)の関係では最高裁昭和五七年一一月二六日判決(民集三六巻一一号二三一八頁、乙第一四号証)がそれぞれ基準として適用され、運行支配の程度はAとBとの関係では同等、AとCとの関係ではAの方が強いから、結局A即ち亡泰広はB即ち訴外窪及びC即ち訴外松本善治に対して他人性を主張することができないという結論に到達するのである(仙台地裁昭和五五年九月二二日、交通民集一三巻五号一一八四頁、乙第一七号証参照)。

四 しかるに原判決は、亡泰広の本件運行に対する支配は、「非同乗者に比べて直接的・具体的ではあるが、窪が年長者で中学の先輩、且つ日常送迎の世話を受けているなどの関係で、窪に対し命令的には発言し難い状況にあったことも否定できない。またこのような力関係のほか、深夜となり、代行運転を依頼する手持ち金もなく、飲酒運転のほかに方法がなかった状況では(現実には泰広は眠っていたのであるが)、仮に泰広が窪に対し具体的な運行指示例えば「車を運転するな」とか「眠るな」「スピードを落とせ」とか指示したところで、果たして窪はその指示を聞き入れてくれたかどうか甚だ疑問であり、結局当時としては、窪は泰広の運行指示に服さなかったであろう特段の事情があったともいえる。したがって泰広の本件運行支配も窪を介してのものであり、間接的・潜在的・抽象的と評価せざるを得ない。本件自動車を直接的・顕在的・具体的に支配し、事故を抑圧すべき立場にあったのは、まさに窪であった。すると、被害者泰広は、本件事故につき共同運行供用者内部で自賠法三条の「他人」であることを主張できると解するのが相当である。」という。

五 しかしながら、本件加害車輌は亡泰広の父松本善治が所有占有していたものであるが、本件事故の約六時間半ほど前に亡泰広が右善治に頼んで訴外窪に貸与してもらったもので、亡泰広は本件加害車輌の運行を支配、管理すべき立場にありながら眠ってしまい、また現に窪に対して運行指示をしたにかかわらず窪がこれに服さなかった等の事実は存しないのであるから、亡泰広の本件加害車輌の運行に対する支配の程度は、運転していた窪のそれ以下と評価すべきではなく、亡泰広は共同運行供用者である窪に対する関係においても自賠法第三条の他人たることを主張し得ないと解すべきである。

六 また、前記最高裁昭和五七年一一月二六日判決は、被害共同運行供用者が所有者の場合の事案であるが、所有者の場合に限らず、本件の如く被害者の運行利益を主眼にして被害者に車の使用権限が認められ、運行を支配管理すべき者が被害者となった場合も同様に、即ち加害共同運行者が被害共同運行供用者の運行支配に服さずその指示を守らなかった等の特段の事情なき限り被害者は加害者に対する関係において自賠法第三条の他人たることを主張し得ないと解すべきである(大阪地裁平成元年一〇月二〇日判決―乙第七〇号証参照)。

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